判例紹介:帝国興信所が負けた事案

名古屋の探偵Nagoya

これは帝国興信所が負けた事案で、同じ業種である探偵社の目線で興味深い判例であることから、名古屋の事案ではありませんがこのコーナーで紹介します。

平成15年(行ケ)第174号 審決取消請求事件(平成15年11月26日口頭 弁論終結)

主文

原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

特許庁が無効2002-35151号事件について平成15年3月20日にした審決を取り消す。

第2 当事者間に争いのない事実

1 特許庁における手続の経緯

被告は、「帝国興信所」の文字(標準文字による)を書してなり、指定役務を第42類「施設の警備、身辺の警備、個人の身元又は行動に関する調査」とする商標登録第4496409号商標(平成11年9月29日登録出願、平成13年8月3日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。
原告は、平成14年4月17日、被告を被請求人として、本件商標の登録を無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は、同請求を無効2002-35151号事件として審理した上、平成15年3月20日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、そのころ、原告に送達された。

2 審決の理由

審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本件商標は、①B(以下「B」という。)に係る「帝国興信所」の商標登録出願(商願平10-75429号)の取下げは、錯誤によるもの又は公序良俗に反するものとして無効であるところ、同出願は、本件商標の登録出願の日より前の出願であるから、本件商標の登録は、商標法8条1項に違反してされたものであり、②「帝国興信所」という名称を用いた興信所が長期間にわたり全国各地に多数存在し続けていた事実に照らせば、「帝国興信所」は、一般に用いられる普通名称にすぎないから、本件商標をその指定役務に使用しても、これに接する需要者はこれが何人かの業務に係る役務であるかを認識することができず、同法3条1項6号に該当するとの請求人(原告)の主張に対し、①Bの商標登録出願の取下げを本件審判請求により無効とすることはできず、同出願は取り下げられたものというほかないから、同法8条1項の違反をいう請求人の主張は理由がなく、②本件商標の上記指定役務を業とする者が「帝国興信所」という名称(「株式会社」など会社の種類を付加した場合を含む。)を普通に使用している事実はなく、同名称を使用している事業体が全国的に見て数が多いともいえないから、本件商標は、これをその指定役務に使用した場合、これに接する需要者が何人かの業務に係る役務であるかを認識することができないとする理由はなく、自他役務識別標識としての機能を果たし得るものというべきであるから、同法3条1項6号に違反して登録されたものではなく、したがって、同法46条1項の規定により、その登録を無効とすることはできないとした。

第3 原告主張の審決取消事由

審決は、本件商標の商標法3条1項6号該当性の判断を誤り(取消事由1)、本件商標が同法4条1項7号に該当するとの請求人(原告)の主張に対する判断を遺脱した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。

1 取消事由1(商標法3条1項6号該当性の判断の誤り)

(1)原告は、昭和25年ころから、大阪を中心に個人で興信所業務を営業し、昭和52年ころから、「帝国興信所」の名称でNTTの電話帳に電話広告を掲載するようになり、昭和54年12月14日に株式会社帝国興信所(以下「原告の株式会社帝国興信所」という。)を設立して、以後、京都市中京区竹屋町通柳馬場西入北角、岡山市富田町2丁目7番5号、広島市東区若草町3丁目12番地及び福岡市中央区大手門1丁目8番8号に4支店を設け、現在に至るまで継続して営業を行っている。

他方、被告の代表取締役であるC(以下「C」という。)は、昭和60年ころから、原告を助け、興信所業務に携わるようになったが、平成4年ころ、原告とは別に同業務を営むこととなり、その営業主体とするため、休眠会社であった被告(当時の商号は「岡本食品株式会社」であった。)を買収した。

被告は、平成4年4月28日、商号を「株式会社帝国興信所」に変更し、興信所業務を開始したが、主に東日本地域で営業活動を行い、他方、原告は主に西日本地域で営業活動を行い、奈良県、京都府、滋賀県及び富山県では、両者が競合する状況にあった。NTTタウンページの広告(甲13-1)によれば、本件商標の指定役務について「帝国興信所」の表示を使用している者が、被告以外に少なくとも原告の株式会社帝国興信所があり、原告作成の一覧表(甲14-1~3)及び地図(甲15)によれば、被告は主に東日本地域で営業活動を行い、他方、原告は主に西日本地域で営業活動を行い、奈良県、京都府、滋賀県及び富山県では、両者が競合する状況にあったことが明らかである。

このように、本件商標の登録査定時である平成13年7月12日当時、「帝国興信所」の表示は、地域により、興信所業務、すなわち本件商標の指定役務「施設の警備、身辺の警備、個人の身元又は行動に関する調査」について、原告の業務に係るものであるのか、被告の業務に係るものであるのかが全く異なり、上記競合地域においては、何人かの業務に係るものであるのかを認識することができない状況にあった。

(2)商標法3条1項6号は、需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識できない商標をいうものであって、需要者が当該役務が特定の者の業務に係るものであることを認識できるか否かを問題にしているものではない。「帝国興信所」の表示は、上記役務においてごく普通に用いられているものであるとはいい難く、その表示自体は自他役務の識別機能を果たし得る個性的な特徴を有しているものの、上記指定役務は、我が国において多く存在するとはいえない極めて特殊な役務であり、かつ、本件商標の登録査定時まで、原告により大規模かつ広範囲に使用されていたものである。また、被告の代表者であるCは、原告の弟であり、もと原告の下で働いていた者であるという特殊な使用状況を考慮すれば、本件商標は、被告以外の者によって、指定役務について多数(多量)使用されている商標、すなわち、実質的に、何人かの業務に係る役務であることを認識できない商標であったというべきである。

2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性に係る主張に対する判断の遺脱)

原告は、審判手続において、平成14年8月17日付け弁駁書(甲13-6)をもって、本件商標は商標法4条1項7号に該当するとの無効理由を主張したが、審決は、上記主張に対する判断を遺脱したものであり、違法である。

原告経営に係る興信所は、昭和52年ころ以来、長年にわたり「帝国興信所」の表示により本件商標の指定役務と同一の営業を継続し、少なくとも西日本地域において需要者によく知られ、信用と実績を蓄積してきたものであり、上記指定役務について「帝国興信所」の商標を使用する権利を有していたものである。そのような状況の下において、被告は、平成11年9月29日、本件商標の登録出願をし、その設定登録後、NTTに対し、「帝国興信所」を表示した原告経営に係る興信所の広告を掲載しないよう申し入れたため、原告経営に係る興信所がNTTタウンページに広告を掲載するには、被告との本件商標に係る使用権許諾契約を締結しなければならなくなった。興信所業務において、NTTタウンページの広告掲載は、最も重要な営業活動であり、被告の上記行為により、原告経営に係る興信所は、実質的に営業ができない状況に陥った。商標法4条1項7号の規定は、商標自体が公の秩序又は善良の風俗を乱すおそれのある場合のほか、これを指定商品に使用することが社会公共の利益に反し、又は社会一般の道徳観念に反するおそれがある場合には、その登録を拒否しなければならない趣旨を定めたものと解するのが相当であるところ、本件商標の登録に至る経緯にかんがみれば、本件商標の登録は、公共の利益に反し、社会一般の信義に反するものであって、商標法4条1項7号に該当する。

第4 被告の反論

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1 取消事由1(商標法3条1項6号該当性の判断の誤り)について

(1)商標法3条1項6号の趣旨は、役務についていえば、需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識することができない商標は、自他役務の識別力がなく、商標法で保護されるべき商標の一般的、普遍的な適格性を備えていないので登録を許さないというものであり、同号に該当する商標は、同項1号ないし5号には該当しないが、自他役務の識別力がない商標、例えば、地模様のみからなるもの、標語、現元号及び特定の役務について多数使用されている店名等であり、しかも、同条2項の適用がないとされていることから、どのような態様で使用し、宣伝しても、識別力を獲得できないものに限定されると解すべきである。

したがって、同号に該当する店名等は、当該役務について、多くの者によって半ば慣用的に使用されて、その結果ありふれた名称となっており、もはや何人かの業務に係る役務であることを認識できないものとなっていることが必要である。

上記見地から本件商標を見ると、「帝国興信所」の表示は、原告の主張によっても、被告以外はたかだか1事業主体が使用している事実がうかがわれるのみであり、このような使用状況の下では、「帝国興信所」の表示が、指定役務について多くの事業主体によりごく普通に用いられた結果、何人かの業務に係る役務であることを認識できないものとなっていると認めることはできない。

(2)商標法3条1項6号の趣旨は、上記のとおり、商標の持つべき本質的機能として自他役務を区別し、それが一定の出所から流出したものであることを一般的に認識させることができることを商標の一般的、普遍的な適格性の要件としているのであって、取引者、需要者にその役務が特定の者の業務に係るものであることを認識できるか否かを問題にしているものではないから、ある地域で、ある商標が特定人の業務に係るものであると認識することができない状況であったとしても、同号に該当するものということはできない。

2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性に係る主張に対する判断の遺脱)について

商標法56条1項において準用する特許法131条2項は、無効審判の請求について、要旨を変更する補正を認めないこととしているから、審判請求書に記載した無効理由以外に無効理由を追加することは許されず、原告が審判手続において平成14年8月17日付け弁駁書(甲13-6)をもって初めて主張した無効理由は、無効理由として認められないことが明らかである。また、原告が、取消事由2において商標法4条1項7号の公序良俗違反を基礎付けるものとして主張する事実は、上記弁駁書に記載された事実とは異なり、審判手続において主張していなかったものであるから、本訴において主張することは許されない。

第5 当裁判所の判断

1 取消事由1(商標法3条1項6号該当性の判断の誤り)について

(1)本件商標は、「帝国興信所」の文字(標準文字による)を書してなるものであるところ、原告は、「帝国興信所」の表示は、本件商標の指定役務「施設の警備、身辺の警備、個人の身元又は行動に関する調査」においてごく普通に用いられているものであるとはいい難く、その表示自体は自他役務の識別機能を果たし得る個性的な特徴を有していることは自認しているものの、本件商標の登録査定時である平成13年7月12日当時、「帝国興信所」の表示は、地域により、興信所業務、すなわち本件商標の上記指定役務について、原告の業務に係るものであるのか、被告の業務に係るものであるのかが全く異なり、上記競合地域においては、何人かの業務に係るものであるのかを認識することができない状況にあり、また、被告以外の者によって、指定役務について多数(多量)使用され、実質的に、何人かの業務に係る役務であることを認識できない商標であったと主張するので検討する。

(2)証拠(甲4、6~8、12、13-1、3、4、甲14-1~3、甲15~20)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

ア 原告は、昭和25年ころから、大阪を中心に個人で興信所業務を経営していたが、戦後、「帝国興信所」の名称で興信所業務を営業していた他社が「帝国データバンク」に商号変更したのを機に、昭和52年ころから、原告が「帝国興信所」の名称を使用するようになり、昭和54年12月14日に、大阪市北区西天満3丁目7番12号を本店所在地として原告の株式会社帝国興信所を設立した。原告の株式会社帝国興信所は、その後、京都市中京区竹屋町通柳馬場西入北角、岡山市富田町2丁目7番5号、広島市東区若草町3丁目12番地及び福岡市中央区大手門1丁目8番8号に4支店を設け、現在に至るまで継続して上記営業を行っている。

イ 他方、原告の弟Cは、昭和60年ころから、原告の株式会社帝国興信所において興信所業務に携わるようになったが、その後、原告とは別に同業務を営むこととなり、その営業主体とするため、休眠会社であった「岡本食品株式会社」を買収し、平成4年4月24日、会社を継続して、商号を「岡本食品株式会社」から被告の現商号である「株式会社帝国興信所」に、目的を興信所の経営及びこれに付帯する一切の事業に変更し、その代表取締役に就任した。被告は、当初、横浜市保土ヶ谷区星川1丁目21番23号を本店所在地としたが、平成8年4月15日に肩書住所地に移転し、現在に至るまで継続して営業を行っており、国内に28箇所の支社又は営業所を有している。

ウ NTTタウンページの広告には、本件商標の指定役務について「帝国興信所」の表示を使用した広告が、原告の株式会社帝国興信所に係るものは、主に西日本(鹿児島県、熊本県、長崎県、佐賀県、大分県、福岡県、山口県、広島県、岡山県、大阪府、奈良県、京都府、滋賀県及び富山県)の地域版に掲載され、被告に係るものは、主に東日本(奈良県、京都府、滋賀県、富山県、岐阜県、石川県、静岡県、山梨県、神奈川県、東京都、新潟県、長野県、千葉県、茨城県及び宮城県)の地域版に掲載され、奈良県、京都府、滋賀県及び富山県の地域版においては、原告の株式会社帝国興信所及び被告の両者の広告が共に掲載されている。

(3)上記認定の事実によれば、「帝国興信所」の表示は、本件商標の指定役務「施設の警備、身辺の警備、個人の身元又は行動に関する調査」について、本件商標の登録査定時である平成13年7月12日当時、原告も使用していたこと、奈良県、京都府、滋賀県及び富山県においては、原告の株式会社帝国興信所及び被告の両者の広告が共に「帝国興信所」の表示を使用し、競合していたことが認められる。

しかしながら、「帝国興信所」の表示が上記役務においてごく普通に用いられているものとはいえないことは、原告の自認するところであって、上記認定の事実によっては、本件商標が、その登録査定時において、被告以外の者によって、指定役務について多数(多量)使用された結果、何人かの業務に係る役務であることを認識できない商標であったとは認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

原告は、上記指定役務は、我が国において多く存在するとはいえない極めて特殊な役務であり、かつ、本件商標の登録査定時まで、原告により大規模かつ広範囲に使用されていたものであることに加え、被告の代表者であるCが、原告の弟であり、もと原告の下で働いていた者であるという特殊な使用状況を考慮すべきであるとも主張するが、上記指定役務が我が国において多く存在するとはいえない極めて特殊な役務であり、原告により大規模かつ広範囲に使用されていたものであると認めるに足りる証拠はなく、また、Cが原告の弟であり、もと原告の下で働いていた者であった事実は、上記判断を何ら左右しない。

(4)以上によれば、本件商標は、これをその指定役務に使用した場合、これに接する需要者が何人かの業務に係る役務であるかを認識することができないとする理由はなく、自他役務識別標識としての機能を果たし得るとした審決の判断に誤りはなく、原告の取消事由1の主張は理由がない。

2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性に係る主張に対する判断の遺脱)について

原告は、審判手続において、平成14年8月17日付け弁駁書(甲13-6)をもって、本件商標は商標法4条1項7号に該当するとの無効理由を主張したが、審決は、上記主張に対する判断を遺脱したものであり、違法であると主張し、上記弁駁書には、本件商標の登録自体が公序良俗を害するおそれのある商標(商標法46条1項5号)に該当する旨の主張が記載されている。

しかしながら、本件無効審判の審判請求書(甲13-5)には、本件商標登録の無効理由は、Bの商標登録出願の取下げの無効を前提に先願主義に反することをいう商標法8条1項違反と、自他役務の識別力を欠くことをいう同法3条1項6号該当の2点であることが明記されており、前者の無効理由中において、上記取下げが錯誤によるもの又は公序良俗に反するものとして無効である旨が記載されているにすぎない。

そうすると、審判請求書に原告が主張する上記無効理由の記載はないことが明らかであり、商標法56条1項において準用する特許法131条2項は、無効審判の請求について、審判請求書の要旨を変更する補正を認めないこととしているから、審判請求書に記載した無効理由以外の無効理由を審判手続中において追加することは許されず、上記弁駁書に記載した上記主張は、本件無効審判請求の独立した無効理由とはならないというべきである。

したがって、審決が上記主張について判断しなかったことに原告主張の違法があるということはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の取消事由2の主張は理由がない。

3 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第13民事部

裁判長裁判官 篠原勝美

裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴